ミャンマー軍の主張は正しい? 「選挙不正」の訴えを検証

著者 石田 光

ジャック・クッドマン、BBCリアリティーチェック(ファクトチェック)

ミャンマーの選挙不正を理由にした国軍のクーデターは、同国で民主的に選ばれた指導者たちの失権と逮捕へとつながった。

国軍の動きはミャンマー(ビルマとも呼ばれる)の内外で非難を浴びている。昨年の総選挙で不正があったとする国軍の主張は、検証に耐えうるものなのだろうか。

国軍の主張

国軍はクーデターを起こす少し前、昨年11月8日の総選挙で800万件以上の不正行為があったことが判明したと発表した。

この選挙では、アウンサンスーチー国家顧問(75)率いる国民民主連盟(NLD)が、議席の8割以上を獲得する圧勝を収めた。

「民主的な総選挙の有権者名簿をめぐって、ひどい不正があった」。国家権力を掌握したミンアウンフライン国軍総司令官は、テレビ演説でそう述べた。選挙管理委員会はそのことを明らかにしなかったと、国軍は主張している。

有権者名簿に重大な誤りがあった可能性は、独立した選挙監視団も認めている。ただ、選挙で実際に不正が行われたことを示す証拠は、これまで示されていない。

選管も、国軍の主張を支える証拠はまったく存在しないと反論している。

投票日に監視員40人超を投票所に派遣した米NGOカーター・センターは、「目立った不正が監視員から報告されることなく」総選挙は実施されたとしている。

どんな不正があったとされる?

国軍の主張の中心となっているのが、有権者名簿をめぐる疑惑だ。

名簿は各地の当局者らが、前回選挙の名簿や公的記録を基に作成する。

2020年夏に下書きが作られ、修正期間をへて、同年10月に修正版ができた。最終版は投票所の外に掲示された。

国軍は、名簿に多数の相違点と無資格者が見つかったと主張。

これまでに示した証拠では、約1050万件の不正があったとしている。

国軍によると、異なる町から名簿を集めたところ、国の同じ登録番号がいくつも見つかったという。それらは同じ名前の人に使われていることもあれば、異なる名前の場合もあったという。

また、国の登録番号がまったく記されていないものも見つかったとしている。

BBCではこの名簿を独自に確認できていない。最終版の有権者名簿は選挙後、非公開とされ、選管も個人情報を理由に公開していないためだ。

日本のインクで防止

国軍はこの名簿により、同一人物が異なる場所で有権者登録し、複数回にわたって投票した可能性があったことが明らかになったと訴えている。

しかし国の選管は、防止策を取っていたため、多重投票は起こりえなかったと反論している。

選管は「有権者が同じ日に何度も投票することは不可能だった」と説明。投票を済ませた人の指には、1週間は落ちないインクで色をつけていたと指摘した。

簡単に消えないインクは、世界各地の多くの選挙で使用されている。ミャンマーで使われたインクは、国連と日本から提供されたものだった。

このインクは、日光に当たると肌に染み込む硝酸銀を混合。「水、せっけん、液体、家庭用洗浄剤、洗濯洗剤、漂白剤、アルコール、アセトン、その他の有機溶剤などでは落ちない」とされる。

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選管はさらに、新型コロナウイルス対策の厳しい移動規制が出ていたことから、複数の投票所で投票するのは非常に困難だったと主張した。

ただ、そうした規制は一部地域で名簿を不正確なものにした可能性もある。地元に戻れなかった有権者が、通常と異なる場所で登録したからだ。

ミャンマーは新型ウイルスの感染者が増加した昨年後半、移動規制を導入した。

同国の選挙監視団体ファン・ティー・エインは、この規制の結果、「帰ることができなかった」人が発生。一部地域で有権者名簿が「膨らんだ」かもしれないと指摘する。

このことはまた、名簿全体で同じ名前が複数回現れることにつながった可能性もある。だが、これが意図的な多重投票につながったことを示す証拠はない。

IDカード

国軍はまた、有権者名簿には国の登録カードをもたない500万人近くの名前も記されていたと主張している。

この訴えは、名簿上の人々の投票権に疑念を示すものだ。ただ、そうしたことがどのように起きたのかは明らかにしていない。

選管によると、公的に身分を証明する登録カードがなくても、地元当局が認めれば、有権者名簿に名前を載せることは可能だという。

その場合、当局者は文書で、その人物が地元住民であることを認定にする必要があるという。

とはいえ、このことが460万件の名簿の不一致の理由になったとは考えにくい。

投票所では、他に身分を証明するものがあれば、登録カードの提示は必須ではない。

国の登録カードをめぐっては、西部ラカイン州の少数民族で多くの権利がはく奪されているロヒンギャなど、発行されない人がいることにも注意が必要だ。

同州の一部や、その他の少数民族が暮らす地域では、当局が治安問題をあげ、投票を中止した。

ミスと不正は別

ミャンマーで有権者名簿が問題となったのは、これが初めてではない。

2015年にアウンサンスーチー氏のNLDが大勝した総選挙でも、投票1週間前に名簿から名前が消えたなどと、名簿の正当性に対する疑問の声が上がった。

昨年11月の総選挙の数カ月前にも、有権者名簿に間違いがあることが判明していた。

しかし、欠陥のある官僚制度をもつ貧しい国の有権者名簿に明確な欠点があるからといって、国軍が主張している規模の意図的な不正があったことにはならない。

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