知床沖の観光船不明、何が悲劇を招いたのか

著者 佐藤 健

ルーパート・ウィングフィールド=ヘイズ東京特派員

災害は1つのミスが原因ではない、というのは昔から言われてきたことだが、的を射ている。悲劇が起きるには、いくつかのことが同時にうまくいかなくなる必要がある。

北海道・知床半島沖で23日に発生したのは、まさにそうした事態だったとみられる。

知床半島は壮観な場所だ。北太平洋に大きく突き出し、うっそうとした森に覆われた山々が続いている。高い崖から滝がまっすぐに海へと落ちている。

半島の北半分は国立公園で、世界遺産になっている。北米のグリズリー(ハイイロヒグマ)と近縁のウスリーヒグマ(エゾヒグマ)の日本最大の生息地でもある。

息をのむ美しい自然もさることながら、クマが観光客の大きな目当てになっている。そのクマを最も簡単に見る方法が小型船だ。乗客がクマを見られる確率は90〜95%だと宣伝する会社もある。

観光船「カズ・ワン」は23日午前10時ごろ、ウトロの小さな漁港を出て半島に向かった。

定員は65人だが、この日は24人しか乗船していなかった。乗客は国内各地から来ていた。子どもも2人いて、1人はまだ3歳だった。

天候は悪かった。風は強く、波の高さは3メートルあった。観光船を引き返させるには十分だったはずだ。

カズ・ワンは荒れる海を北に進んだが、地元の漁船は反対方向に向かった。避難するため港に戻っていたのだ。

別の観光船の船長は、カズ・ワンの船長に、出航は危険すぎると伝えたという。だが無視されたと、彼は言う。

カズ・ワンの船長は、船長としての経験が浅かった。

日本のメディアによると、彼は湖の小型船の操縦訓練を受けていた。しかし、運航会社「知床遊覧船」には、社長に「解雇」された、熟練船長の代わりとして雇われたという。

同社は昨年も、座礁を含む事故を2回起こし、すでに当局の調査を受けていた。

海上保安庁は23日午後1時過ぎ、緊急通報を受けた。カズ・ワンが、エンジンが壊れた状態で漂流しており、カシュニの滝の近くで浸水しているとの内容だった。この滝の付近は半島でも特に険しい場所で、海岸はほぼ存在せず、崖がそのまま海に落ち込んでいる。

4月でも海水はまだとても冷たく、水温はわずか数度しかない。

「安全」がほとんど国のモットーになっている日本ならば、極寒の海を航行する旅客船には救命いかだの搭載が義務づけられているはずだと、そう考える人もいるだろう。

だが、そうではない。海岸付近を航行する旅客船に、いかだの搭載は義務とされていない。

カズ・ワンは、救命胴衣と乗客がつかまる浮き輪だけを積んでいた。4月の北海道沖の凍える海に投げ出されたら、一般的な大人だと1時間も生きていられないと専門家は言う。子どもならば、その時間がさらに短い。

しかし救助は、1時間たっても2時間たっても来なかった。海保のヘリコプターが最初にカシュニの滝に到着したのは、緊急通報の受信から3時間以上たってからだった。

北海道の北東部の沿岸は、救助活動の「盲点」とされる。

ヘリコプター基地は最も近くて160キロ離れている。今回の現場の一番近くに配備されていた海保のヘリは23日、別の任務で出払っていた。そのヘリも、いったん基地に戻り、燃料を補給し、それから知床へと北上しなくてはならなかった。現場付近に到着した時点で、日没まで90分しかなかった。

この記事を書いている時点で、まだ15人の乗客・乗員が行方不明となっている。懸命の捜索が続いている。

しかし、生存者発見の望みはかなり薄い。怒りの声が上がり、いったい何が問題だったのか、自問自答を含めた問いかけが始まっている。

複数の重要な疑問に対し、答えが求められている。その中でも特に重要なのが、なぜ経験不足の船長が、安全装備がまったく不十分な危険な状況のなかで、北海道沖の凍てつく海に出ることが許されたのか――という疑問だ。

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