安倍氏殺害事件で注目を集める「宗教2世」

著者 小川 隆

大井真理子、BBCニュース、東京

「彼が社会でなぜ孤立したか分かってしまう。分かってしまうことが悲しいし、共感してしまうことが嫌だ」。ある宗教団体に所属する母親をもつ男性はそう言う。

安倍晋三元首相が殺害された事件で逮捕された山上徹也容疑者は、安倍氏に特定の宗教団体との関係がみられたことが、殺害を決めた理由だったと供述したとされる。それを受け、「宗教2世」という言葉が、ソーシャルメディアでトレンド入りするようになった。

親が宗教団体に加わっている子どもを指す表現だ。

現在、注目されている宗教団体は「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会)だ。しかし、他の宗教団体の「宗教2世」も、影響を感じると話す。

「こういったかたちで、宗教2世という言葉を社会に出してしまったことに怒りを感じる」と男性は話す。ツイッターで「@syuukyou2sei」というアカウントを持つこの男性は子どものころ、宗教団体「エホバの証人」に生活を管理・抑制されて育った。

「誕生日は祝わなかったし、国歌も校歌も歌わなかった。物心ついた時から布教活動に参加させられました」

「エホバの証人」の日本の広報担当者は、BBCの取材に、「一人ひとりに自分が信じるものを選ぶ権利があることを認めています」と説明。同時に、「親が自己の信念に従って子どもを教育する権利は、国際的にも認められています」とした。

男性は18歳になってすぐ、母親と縁を切った。

母親のことは誰にも話していないので、社会からの偏見に苦しめられることはないと、男性は言う。だが、職場の同僚との雑談中に、なぜ母親と疎遠なのか理由を聞かれるなど、ちょっとしたことから孤独感を覚えるという。

「誰も分かりたくないですよ、容疑者の気持ちなんて。彼の行為は決して許されるものではありませんから。でも、どうやって社会に恨みを感じるようになったのか、分かってしまうんです」

政治との結びつき

事件後に旧統一教会は、山上容疑者の母親が1998年ごろから会員だと説明した。

報道によれば、夫が自殺し、3人の子育てを一手に担うことになった後、入信したとされる。

山上容疑者は、母親が破産したのは旧統一教会のせいだと、警察で話しているという。

全国霊感商法対策弁護士連絡会によると、旧統一教会に関係する霊感商法の被害額は、昨年までの5年間で54億円を超えるという。旧統一教会の日本教団の田中富広会長は、信者に対する献金の強制を否定している。

宗教ジャーナリストの鈴木エイト氏は、旧統一教会について、「韓国発祥の宗教団体で、日本には1960年代に進出した。洗練された金銭収奪システムを持っている」と説明する。

「国内では霊感商法、合同結婚式などの社会的問題を起こしてきたグループで、政治的には反共産主義で保守系の政治家に近い」

教団はその後、変わったと田中会長は言うが、弁護士らはそうではないと主張。今も教団に関し、数多くの苦情が寄せられているとする。

鈴木氏によると、信者をスタッフとして政治家事務所に潜り込ませるのは、よくあることだという。

全国霊感商法対策弁護士連絡会は、1990年代に「国会議員の秘書の経歴を調べたとき、公設私設を合わせて百数十人規模の信者が(秘書を)務めていた」としている。

安倍氏と旧統一教会の関係は、特にソーシャルメディアでうわさされていた。

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安倍氏の祖父の岸信介元首相が、反共主義的な性格をもつ旧統一教会と近かったとみられていることも、理由の一部とされる。

安倍氏は昨年9月、旧統一教会の関連団体のイベントにリモート登壇した。山上容疑者はそれを知り、両者の関係を確信したとされる。

男性は、容疑者によるとされる凶悪犯罪に弁解の余地はないが、宗教団体の信者の子どもたちの人権が日本では無視されてきたと言う。

「宗教2世を守る仕組みがない。憲法が定める信教の自由が抑圧されているのに、政府は長年、『家庭の問題』だからと見て見ぬふりをしてきた」

経済的な権利を奪われる

社会的支援を受ける難しさは、他の苦境に置かれた人にも共通する。

41歳で無職の山上容疑者は、「就職氷河期」を経験した世代でもある。

山上容疑者はフルタイムの仕事になかなか就けず、自衛隊に所属した数年を除き、派遣社員などとして職場を転々としていたとされる。

日本では従来から、大学に行って無期雇用の社員として就職することが成功だとされる。

人はしばしば「勝ち組」と「負け組」に分けられる。山上容疑者も、経歴が明らかになるにつれ、「負け組の典型」などとネットで揶揄(やゆ)された。

日本で最近発生した「ジョーカー事件」のような粗暴犯罪の多くは、社会に不満を抱える無職男性が引き起こしている。

「厳しい状況に置かれている人は、自己責任でがんばることが求められる。それがだめなら、家族でがんばってくださいという制度です」と、若者の貧困や労働などの問題に取り組むNPO法人POSSE事務局長の渡辺寛人さんは、この国の仕組みを説明する。

「でも、山上容疑者のように、家族が何らかの理由で崩壊すると、支援する人はいないので、社会に見捨てられたと感じるようになる」

日本は世界で最も安全な国の1つだ。だが数年ごとに、こうした暴力犯罪に社会が大きく揺さぶられる。

山上容疑者によって、社会から絶望的に無視され取り残されていると感じている人々の存在が、浮き彫りになっている。

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