ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が、ウクライナ東部で親ロシア派勢力が自称する「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を一方的に承認し、ロシア軍を「平和維持」目的で両地域へ派遣すると命令した事態を受け、西側諸国は22日、ロシアに対する経済制裁を次々と発表した。一方、この事態に備えてロシアはすでに大量の外貨を準備していたという指摘もある。
ドイツはロシアからの天然ガス輸送パイプライン「ノルドストリーム2」の承認を停止。アメリカのジョー・バイデン大統領は、プーチン氏の決定は「甚だしい国際法違反だ」と非難した。アントニー・ブリンケン米国務長官は、24日に予定されていた米ロ外相会談は中止すると発表した。
ホワイトハウスで記者団を前にしたバイデン大統領は、プーチン氏がウクライナの「生存権」を攻撃していると非難。「隣国のものだった地域で、いわゆる新しい国ができたなどと宣言する権利を、プーチンはいったい誰からもらったつもりでいるのか」と強い調子で批判し、「これは甚だしい国際法違反で、国際社会の強固な反応が何としても必要だ」と述べた。
バイデン氏はさらに、プーチン氏の21日の演説は「ロシアによるウクライナ侵攻の始まりだ」として、プーチン氏は欧州の安全保障について「本当の対話を追求する」つもりなどないのが明らかになったと述べた。
「現在は民主国家として繁栄し、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国となっている国々も含めて、かつてロシアの一部だった地域を(プーチン氏は)間接的に脅した」とバイデン氏は述べ、「自分の極端な要求に我々が応じなければ、さらに動くつもりだと、(プーチン氏は)明確に脅迫した」と批判した。
その上でバイデン大統領は、東欧の同盟諸国への米軍部隊の追加派兵を承認したと明らかにした。すでに欧州にある米軍部隊と装備を、エストニア、ラトヴィア、リトアニアのバルト三国に送るという。
「はっきりさせておく。これは我々の防衛措置だ」、「ロシアと戦闘するつもりはまったくない」と、バイデン氏は強調。アメリカが同盟上の義務を守り、NATO加盟国の領土防衛に取り組む姿勢を示す意味もあるという。
アメリカの対ロ制裁
バイデン氏はさらに、ロシアに対する経済制裁の「第1弾」を発表。ロシア軍需産業とつながりの深い政府系銀行2行、開発対外経済銀行(VEB)とプロムスビャジバンク(PSB)を制裁対象にし、取引を禁止するとした。これにより、両行はドル決済ができなくなる。さらに、ロシア国債の米国などの主要市場での取引を停止し、ロシア経済の一部を国際金融制度から切り離す方針を示した。
プーチン氏の側近やその家族なども、制裁の対象にする方針という。
米財務省は、「ロシア政府で権力を私物化しているとされる、プーチン側近の実力者とその家族」だとして個人5人を特定し、資産凍結などの制裁対象にした。5人は次の通り――。ロシア連邦保安局(FSB)のアレクサンドル・ボルトニコフ長官とその息子で、VTB銀行幹部のデニス氏。今回制裁対象になった金融機関PSBのピョートル・フラトコフ会長。セルゲイ・キリエンコ大統領府副長官とその息子ウラジーミル氏。ウラジーミル・キリエンコ氏は、ロシア最大級のソーシャルメディア「VKontakte」を所有する親会社「VKグループ」の最高経営(CEO)でもある。
バイデン大統領は、対ロ制裁の内容は同盟諸国と慎重に協議した結果だと述べた。事実、バイデン氏の前後に各国が発表した制裁内容は、アメリカの措置と共通するものになっている。
日本、カナダ、欧州も制裁発表
岸田文雄首相は23日午前、ウクライナ東部への派兵を命令したロシア政府の決定は、ウクライナの主権を侵害するものだと批判。日本政府は制裁措置として、特定のロシア関係者に対するビザ(査証)発給停止と資産凍結、両「共和国」との輸出入の禁止、ロシアによる日本での国債などの発行・流通禁止を発表した。
岸田首相は、「今後、事態が悪化する場合、G7(主要7カ国)をはじめとする国際社会と連携し、さらなる措置を速やかに進めるよう取り組む」とも述べた。
カナダのジャスティン・トルドー首相も、ロシアの行動はウクライナという「主権国家をさらに侵略するもの」だとして、カナダでのロシア国債の売買禁止や、ロシアの銀行との取引停止など、金融制裁措置を発表した。さらに、両「共和国」の独立承認を支持したロシア議員も制裁対象にすると述べた。
イギリス政府は、ロシアの主要銀行5行を資産凍結の対象にしたほか、ロシアの大富豪3人の資産も同様に凍結。この3人のイギリス渡航も禁止すると発表した。
ドイツ政府は22日、ロシアからの天然ガス輸送パイプライン、ノルドストリーム2のプロジェクト承認停止を明らかにした。パイプラインはロシアと欧州諸国による大規模な投資事業。欧州はガス需要の約4割をロシアに依存している。
ノルドストリーム2については、ドイツ政府の発表を受けてバイデン米大統領も、「ロシアの行動が原因で、私が約束した通り、ノルドストリーム2計画が前進しないよう、ドイツと協力した」と述べた。
EUは、ウクライナ東部の両「共和国」の独立承認という「違法な決定」を後押しした、ロシア議会の議員351人に制裁を科すほか、幅広い制裁措置に合意した。
外相会談は中止
ブリンケン米国務長官は同日、24日にスイス・ジュネーヴでの開催が提案されていたロシアのセルゲイ・ラヴロフ外相との会談を中止すると発表した。
「侵攻が始まったのが見てとれる今、そしてロシアが外交をそっくり拒絶すると明示した今、あの会見をこのまま実施するのは理に遭わない」とブリンケン氏は述べ、「ロシアが紛争と戦争の道を突き進み、そのペースを速めている中で、同時に見せかけの外交を続けるふりをするのは認めない」と批判した。
ロシアは外貨をすでに準備
各国の金融制裁の効果について、BBCのクリス・モリス国際貿易担当編集委員は、ロシアは以前から外貨を備蓄して、この事態に備えていたと指摘する。
モリス記者によると、今年1月までにロシア中央銀行の外貨準備高は6300億ドル(約74兆円)と過去最大のレベルに積みあがっていた。世界でも4番目の規模の外貨準備高で、これだけあればロシア通貨ルーブルは当面、安定し続けられる。
加えて、ロシアがドル建てで保有する外貨の比率は5年前の40%から約16%へと比重が減っている。現在は外貨の約13%を人民元で保有している。これはいずれも、アメリカが主導する制裁からロシア経済を守るための措置とされている。